有末剛にとって緊縛とは何なのか。
緊縛数一万縛という前人未踏の緊縛を成し得た今も自分自身に投げかける「問い」である。
有末剛が魅せる緊縛は、女体と縄の刹那のコラボレーションで、作られた造形美は彫刻か活け花のように例えられる。
ただひたすらに縄を走らせる。
一心不乱に縄をさばくその時に、縄の神が全身に宿る。
そう、有末剛にとっての緊縛とは、自分自身も気づかぬ内に行であり禅となっていたのである。
有末剛自身が緊縛の世界に身を置くまでに最も影響を受けたのは次の三人である。
一人は緊縛絵師、伊藤晴雨。もう一人は「奇譚クラブ」で活躍した美濃村晃。最後はSM小説の大家、団鬼六である。
有末剛自身は、緊縛絵師、伊藤晴雨、美濃村晃の観念的遺伝子を継ぐ緊縛師で、幼少より緊縛のエロチシズムに目覚め、緊縛師となることにより縛才が開花したと語る。
有末剛が緊縛師としてデビューした70年代後半から80年代はSM雑誌の黄金時代と言われた。
有末剛は「SMセレクト」「SMファン」はじめ、その黄金期のSM 雑誌全般の緊縛師を務め、さらには日活ロマンポルノ「赤い縄果てるまで」(脚本・石井隆、監督すずきじゅんいち)、「妖艶・肉縛り」(監督・すずきじゅんいち、主演・長坂しおり)、東映「オルゴール」(脚本・監督・黒土三男、主演・長渕剛) Vシネマ「虜・4 ふたり」(監督・成田祐介、脚本・我妻正義、主演・真宮沙希)等の緊縛師として活躍。アダルトビデオメーカー、シネマジック、芳友舎、新東宝、大洋図書、三和出版などで緊縛ビデオの制作に携わる。

時代はSM雑誌からビデオの時代に、さらにSMは拡大してパフォーマンスも加わって一般化していった。
暗い時代のSMがライトになって、それ自体が時代の要求になっていった。
その時代のエポックメーキングとして最も話題になったのは、団鬼六原作、石井隆監督、杉本彩主演の東映映画「花と蛇VOL.1、VOL.2 」である。有末剛が調教師:鬼源役で出演、緊縛師と役者で全面的に携わったことは緊縛師という闇の世界に光りが当たった瞬間だった。日本のSM文学の古典「花と蛇」はその後月蝕歌劇団、高取英によって舞台化され、本多劇場は連日満員となった。

「縛師」廣木隆一監督 ドキュメント映画に参加
「東京緊縛オーケストラ」音楽家 沢田穣治との緊縛ユニット

V シネマ「肉体の賭け」平沙織、「女教師」未向、「幻想夫人」小林ひとみ、濱田のり子、「闇の肉宴」三枝実央、「檸檬夫人」イブ、「肉の輪舞」小林未来、「異常の季節」荒井美恵子、「楽園」荒井美恵子の団鬼六作品に緊縛師として参加。

写真集「AMBIENT M 」(とよた真帆)、新潮社・月刊シリーズ「月刊・秋吉久美子」「月刊・荻野目慶子」「月刊・嘉門洋子」「月刊・大原かおり」「月刊・山口沙也加」、「EVE 緊縛写真集」「小川美那子緊縛写真集」などの緊縛指導。女子プロレスラー井上貴子の緊縛写真集を沢渡朔で撮影。花井美里写真集を荒木経惟で撮影。

緊縛の技術書として「緊縛五輪書第一巻」「緊縛五輪書第二巻」「緊縛基礎理術」を上梓。
昨年始めて書き上げた小説「緊縛師A 恍惚と憂鬱の日々」は従来のSM小説の枠を超えた小説として評価されている。その中の一遍は映画化に向けて進行中である。

また、有末剛はこれまでの緊縛師としての経験を生かし、緊縛に適する縄の研究開発を進め、オリジナルブランド『十五や』を立ち上げ、縄とワックスの販売を始めた。

あまたある緊縛の流派の中、有末剛の目指すものはただ一つ。伝統的な緊縛に習い、それを自分の緊縛の中に生かし、さらに独自の緊縛に発展させるというものである。
そして、緊縛を活け花にも例える有末剛は、緊縛は一期一縛の芸術にも例える。
儚くも淡い瞬間の美は、その瞬間にしかない泡沫の美なのである。
有末剛にとっての緊縛とは、もはや縛ることそのものが禅なのである。
緊縛の殿堂、縛聖にいたる道のため次なる境地を目指し、精進の日々を過ごす。緊縛数、約10,000。